Jour de l'armistice 戦没者追悼の日
- 2012/11/11(Sun) -
ベルギーに住むまで全く知らなかったこと、それは本日11月11日が戦没者追悼の日で
休日となることです。

ベルギーに越して来て間もない頃、中々日本から送った船便が届かず、生活に困りますので
食器類などをデパートで色々探し求めましたが、その時ふと手に取り、惹かれた食器が
こちらのポピーのシリーズでした。

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その時はまだ、ポピーがベルギーにとって特別なお花という事も知らず、赤い色鮮やかな
ポピーが素敵でしたので求めましたが、そのうち、ゴブラン織りのお店へ出かけたりしましても、
何処へ出かけてもポピー柄の多い事が気になっていました。 

その謎は、イーペルの猫祭りで偶々、お隣の席にいらした英語の上手なマダムから、色々と
教えていただきました。

猫祭りのパレードでも、赤いポピーの飾りをつけた方や、コサージュをつけた方を多く見て、
「あれはポピーですよね。」 と、マダムに訊ねますと、
「・・・イーペルはね、その昔、酷い戦地だったのよ。。。」 と、第一次世界大戦で
空前の犠牲者を出したお話を、語ってくださいました。

第一次世界大戦の頃、ドイツ軍が占領したかったのは、ベルギーではなくフランスでした。
ですが、ドイツ軍がフランスへ行くにはベルギーを通らなければなりません。
英国軍、カナダ軍、フランス軍と共に、ベルギー軍はドイツ軍の侵略を防ぐ為に戦いました。
その戦いはどんどんエスカレートし、終いにはドイツ軍は毒ガス攻撃に出たのです。
それは人類初の毒ガス攻撃で、物凄い数の兵士が一瞬にして亡くなったそうなのです。
毒ガス攻撃は国際協定違反にもかかわらず、です。 その、毒ガス攻撃に遭った地域が
猫祭りで有名な、イーペルだったのです。 (結局ドイツは負ける事になるのですけど)
その後連合国とドイツの間で1918年11月11日に締結された休戦協定の日が、犠牲者の冥福を
祈る日になったのです。(Remembrance Day, Poppy Day, Armistice Day, Veterans Day と、
各国で色々な呼び名があります)

そう、それで何故、ポピーなの?ということなのですが、イーペルの戦場では物凄い戦いの後、
一面に真っ赤なポピーが咲き乱れたのだそうです。 
ポピーの種は殻が固くて発芽し難く、地面に落ちても何年も発芽しないこともあるそうで、
また、イーペルでそのように、ポピーが突如として一面に咲き乱れた事は初めての事だったので、
赤い花はそこで犠牲になった戦士達の嘆きの印、血の色なのだ、との声が多く(軍靴で強く
踏み荒された事で開花したという説が本当なのではとのことですが)、ポピーは戦死者の
シンボルになったのだそうです。 なので、ベルギーにはポピー柄の品が数多くあるのですね。

ベルギーを歩いているとあちこちでヘルメットにロングコートの彫像を見かけます。最初は
何だろう?と思いましたが、無名戦士の記念碑なのですね。

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「戦争程恐ろしく悲しいものはないわ。。。」 と、最後に呟いたマダムのお言葉、いつまでも
心に深く残っています。

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戦争で犠牲となった戦士たちのご冥福をお祈り致します。
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