アルデンヌの古城巡り その3 ヴェーヴ城 (Chateau de Veves)
- 2012/09/19(Wed) -
前回の続きです☆ (何故か古城巡りをUPしましてからPCの調子が悪くなり、接続が
途中で切れたり、折角書いた記事が真っ白に消えてしまったりと、不具合が続いています。
夫や子供達のPCは皆、スムーズに作動していますのに。。。)

さて、今回はヴェーヴ城につきまして紹介致します。(この記事を書くのはこれで3回目(涙))

ひとくちにお城といいましても、それぞれ個性的な趣きを凝らした作りとなっていますが、
アルデンヌの古城の中で中世のお城のイメージがとても強いのは、前回のお城、
コロワ・ル・シャトー城と、このヴェーヴ城、そして次回紹介したいお城の3つかと思います。
(今まで私が見てきました数少ないお城と比較しました場合ですから、中には廃墟となっている
お城や見学ができなくなっているお城を含め、もっと強烈に中世のイメージの濃ぉいお城が
存在していると思います。

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小高い丘の上に五角形のお城が見えてきます。5つの円塔が異彩を放つ印象的な、
まるで童話やお伽噺に出て来るようなお城です。(このお城もとても印象的で、
丘を登る際、過去にタイムスリップしたような不思議な感じがしました)

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先ず、ヨーロッパのお城はその性格上、王侯民族が住む為に建てられたものと(15世紀以降)
中世に戦略上の理由から建てられた要塞的なものにわかれるとのこと。ヴェーヴ城は
後者にあたります。(私がどうしても惹かれてしまうのは要塞的な血生臭いお城のようです。^^;)
ヴェーヴ城の起源は、時代を遥かに遡ります。ピピン2世が、セルのサン・アドラン修道院と
良好な関係を築く為、7世紀後半には既にこの場所に館を築いていとのこと。(日本は聖徳太子の
頃@574~622)その後9世紀に、館は様々な相続人によって小さな要塞に改築され、
要塞は1200年に壊されますが、1220年にボフォール家によって再建され、お城はより強大な
ものとなったそう。 13世紀(日本@鎌倉時代)には火災の為、一旦消失しましたものの、
修復され、また、15世紀には、ディナンの市民によって破壊されますが、すぐに復旧、って
復活早いですね。しかし1793年にフランス革命派の人間によって再び被害を受けてしまう
という、建っては破壊され、再び建ってという、何とも落ち着かないお城のようです。
18世紀にはリドケルク=ボフォール家が住み、城の外観を現在のかたちにしたとのこと、
過去千年に渡る壮絶な歴史あるお城なのですね。。。 お城の中は成る程、武具や甲冑一式、
剣など、戦いグッズがてんこ盛りでした。

お城に入り直ぐには鍛冶屋の鞴が。とっても大きな鞴です。

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ロマンティックなお城とは無縁な緊張感が走ります。

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予想通り、中は「もういいよ、わかったよ」と言いたくなる程、銃剣類のコレクション満載でした。 
そんな緊張感あるお城の中には血生臭さとは裏腹な、とても美しい、ノートルダム・ド・フォア
という礼拝堂がありました。

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雪花石膏に彫られた聖母子像の美しい事。。。 

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礼拝堂から見下ろすアルデンヌの深い森。

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その他、当時の貴族の生活が偲ばれる調度類で飾られたお部屋もありました。

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特にこちらの↓赤い椅子のお部屋が夢とリンクして、鳥肌が立ってしまいました。

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歴史あるお城とのことで、日本の皇室から贈られたという、菊の紋章の入った七宝焼きのお皿も
展示されていました。

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ここは地下のキッチンですが、お城で最も古い場所とのことです。

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こちらはお城の全体像。 森に囲まれています。

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こちらは中世の頃のヴェーヴ城の絵画です。

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ヴェーヴ城からはノワジー城の上部が少し見えます。 比較的新しい時代のお城とのことですが、
今は廃墟となっているようです。

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古城巡りの旅はまだまだ続きますが、続きはまた後程☆
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