そろそろ冬のコートやセーターを仕舞わなければね、と、娘とふたり、
冬物の整理をしていましたら、とっても懐かしいものが出てきました。
「うわぁ! これ、気に入ってたんだ。^^」 と、嬉しそうに娘。
「そうね、毎日着て行って、お友達や園長先生にまで自慢してたものね。^^」
と、私。
それは亡き祖母が娘に編んでくれました、セーターやワンピースでした☆
娘はとても気に入って、毎日のように着ていましたが、そのうち小さくなって
着られなくなり、残念に思いながらも温かい思い出の品として、ずっと、大切に
取っておこうね、と、約束し、仕舞ってありました。



「マリに編んであげてたことを、まるで昨日のことのように思い出すわ。^^」
そう話しながら喜んで娘に編んでくれたワンピースやセーターたち。
あらためて、娘へのワンピースたちに触れ、懐かしい・・・と、深く思いました。
それは私へのセーターではなく、娘へ編んでもらったものなのに、
触れるだけで、それまで忘れていた幼い頃の大切な記憶が蘇えります。
私は子供の頃、男の子より乱暴な言動&身形をしていましたので
(よく男の子に間違えられました)、とても心配し、このような女の子らしい
ワンピースやセーターを沢山編んでくれました。
厭々ながらも着ると周囲から「可愛い!」「似合う!」と、煽てられ(大人の作戦に
まんまと乗せられてしまい)、それはそれで満更でもなく嬉しく思ったものでした。
そんな話を懐かしく娘にすると、「あの手この手でおかーちゃんを女の子らしく
させたかったんだね。(笑) わかるわ〜。^^」
などと、わかったような口ぶり。(笑
大人になると、今の生活で精一杯で、子供だった頃の気持ちなど、もう
どうでもよくなってしまったり、忘れてしまったりするものですよね。
でも、時々は、昔編んでもらったワンピースを着た時の恥ずかしさや嬉しさ、
何よりその温かさなど、こうして折に触れ懐かしく思い出すこともあります。
・・・人が優しくなれるのは、きっと、そういう瞬間。
懐かしい、と、感じる時、もう、その時代へは戻りたくても戻れないものですが、
でも、人の心はその心地良さや温もりを頼りに自由に戻ることができます。
「懐かしさ」 は、 その人にしか開けることのできない、
大切な大切な 「宝箱」 なのですね☆